2004年末に「うつ病」の診断書が出て、翌年3月に職場を退職…人生の歯車が狂って急転直下の転落人生から「再生の道」を探す日々の記録です。
病気の回復はゆっくりですが、焦らずに、めざすは「社会復帰」です!
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たまーにだけど・・・
『うつ病 社会復帰』の検索ワードで、このブログに訪れる人が居る。
きっと、今まさに病気と将来の不安に駆られていて、安心の得られるヒントを探してさまよっているんだろうなぁ~と思う。残念ながら、このブログにはその答えはない。
僕だって、まだ社会復帰してないし。
ちょっと気が向いたので社会復帰の話。
僕は"うつ病"で、社会戦争を戦線離脱。また、この戦場に戻れるのかなぁ~って夢を見ている一人。
確証はないけど、同じ"うつ病"の人たちの中でも、僕は復帰が遅れているほうだと思う。
復帰までのプロセスは、色々とあるだろうと思うけど、『働きたい』と思って復帰する人よりも、『働かなくちゃいけない』と環境に迫られて復帰を果たす人のほうが多いのではないか。
実際、通院先の医師も『生活のために働かないと、仕方ないでしょう?』という言い方をする。
要は、復帰する気力が十分かどうかに関わらず、『金が無いなら働くしかない』という事を、病気の数少ない理解者でもあるはずの医師から言われれば、そうするしかないと思う人が多いという事。
まぁ、現実そういう事なんだけど。
ただ、『希死願望』のある人間に対して、そういうアシストの仕方はどうかなぁとは思う。所詮、医師といえども病気の辛さを知るわけでもなく、まして"うつ病"患者の増加で儲かって仕方のない状況では、『働けずに貧乏している』心境に同情できるはずもない。
僕の復帰が遅いのは、
●独身だったこと
●貯金がたくさんあったこと
●浪費癖がなかったこと
●家族(両親)が理解者となってくれたこと
●収入が無いなりに生活レベルを調整できたこと
●手に職(技術者)があったこと
というラッキーな要素に加えて、
●慎重であること
●理屈っぽいこと
●勇気がないこと
●劣等感が強いこと
●同じ過ちを恐れること
●技術者であることにしがみついていること
という性格的な要素が大きいと思う。
"うつ病"で休養期間を得られたときに、何に最もメリットを感じたかというと、『環境を変えるチャンスができた』ことだと思う。"うつ病"は、『環境不調』・・・つまり、自分と環境の相性が悪いという事なんだと思っているから。
病気と診断された頃、『何がそうさせたのか?』という事を自問自答する。
わかりやすい答え(というか極端)を求めて、人や事の善悪に思考がいく。
まずは、劣等感やコンプレックスが強いため、自然に『自分が悪い』という結論に到達してしまい、自分を責め続け、果ては自分を殺めたい衝動に駆られる。しかし、それに満足してくると、こんどは自分があまりにも惨めになり、守ってやりたくなる。結果として、自分の周囲・・・つまり個人、会社、環境などを責め、そして恐怖心を抱くようになる。
どちらが正しい、間違ってるというところに到達してしまうと、『変わらなくてはいけないのは、相手?自分?』という自問自答になる。こんなこと、自己解決しようたって無理ってもんだ。
自分が戒めたほうが良いと思うところは、戒めればいい。でも、無理に変わろうとする必要はないと思う。
世の中は、事の善悪だけみたいにシンプルには出来ていない。とても複雑だし、わりと適当だ。
等身大の自分が納得できる、そして受け入れてくれる環境。それを求めるということが"うつ病"の人に与えられる休養期間で、もっとも意味のある『薬』ではないだろうか。
凝り性な人、適当な人、それぞれに合った職場や社会環境ってきっとあると思う。
『相性が悪いところに、しがみつこうとしない』で、色々な環境に触れてみるのは悪いことじゃない。
家族や家庭環境の問題で"うつ"になってしまった人は、どう立ち直れというのか・・・。簡単に変えられる環境じゃないし。病気の治癒の度合いを『社会復帰』で量れる人は・・・僕も含めてまだ幸せなほうだと思う。
自殺を考えてしまった人も居るだろうけど、そこから抜け出した人が前へ一歩踏み出したときに『社会復帰』の像を夢見る。でも焦らずゆっくり行こう。一度、救った自分の命なんだから大切に行こうぜ、なぁ。
これは、僕自身へのメッセージ・・・。
『うつ病 社会復帰』の検索ワードで、このブログに訪れる人が居る。
きっと、今まさに病気と将来の不安に駆られていて、安心の得られるヒントを探してさまよっているんだろうなぁ~と思う。残念ながら、このブログにはその答えはない。
僕だって、まだ社会復帰してないし。
ちょっと気が向いたので社会復帰の話。
僕は"うつ病"で、社会戦争を戦線離脱。また、この戦場に戻れるのかなぁ~って夢を見ている一人。
確証はないけど、同じ"うつ病"の人たちの中でも、僕は復帰が遅れているほうだと思う。
復帰までのプロセスは、色々とあるだろうと思うけど、『働きたい』と思って復帰する人よりも、『働かなくちゃいけない』と環境に迫られて復帰を果たす人のほうが多いのではないか。
実際、通院先の医師も『生活のために働かないと、仕方ないでしょう?』という言い方をする。
要は、復帰する気力が十分かどうかに関わらず、『金が無いなら働くしかない』という事を、病気の数少ない理解者でもあるはずの医師から言われれば、そうするしかないと思う人が多いという事。
まぁ、現実そういう事なんだけど。
ただ、『希死願望』のある人間に対して、そういうアシストの仕方はどうかなぁとは思う。所詮、医師といえども病気の辛さを知るわけでもなく、まして"うつ病"患者の増加で儲かって仕方のない状況では、『働けずに貧乏している』心境に同情できるはずもない。
僕の復帰が遅いのは、
●独身だったこと
●貯金がたくさんあったこと
●浪費癖がなかったこと
●家族(両親)が理解者となってくれたこと
●収入が無いなりに生活レベルを調整できたこと
●手に職(技術者)があったこと
というラッキーな要素に加えて、
●慎重であること
●理屈っぽいこと
●勇気がないこと
●劣等感が強いこと
●同じ過ちを恐れること
●技術者であることにしがみついていること
という性格的な要素が大きいと思う。
"うつ病"で休養期間を得られたときに、何に最もメリットを感じたかというと、『環境を変えるチャンスができた』ことだと思う。"うつ病"は、『環境不調』・・・つまり、自分と環境の相性が悪いという事なんだと思っているから。
病気と診断された頃、『何がそうさせたのか?』という事を自問自答する。
わかりやすい答え(というか極端)を求めて、人や事の善悪に思考がいく。
まずは、劣等感やコンプレックスが強いため、自然に『自分が悪い』という結論に到達してしまい、自分を責め続け、果ては自分を殺めたい衝動に駆られる。しかし、それに満足してくると、こんどは自分があまりにも惨めになり、守ってやりたくなる。結果として、自分の周囲・・・つまり個人、会社、環境などを責め、そして恐怖心を抱くようになる。
どちらが正しい、間違ってるというところに到達してしまうと、『変わらなくてはいけないのは、相手?自分?』という自問自答になる。こんなこと、自己解決しようたって無理ってもんだ。
自分が戒めたほうが良いと思うところは、戒めればいい。でも、無理に変わろうとする必要はないと思う。
世の中は、事の善悪だけみたいにシンプルには出来ていない。とても複雑だし、わりと適当だ。
等身大の自分が納得できる、そして受け入れてくれる環境。それを求めるということが"うつ病"の人に与えられる休養期間で、もっとも意味のある『薬』ではないだろうか。
凝り性な人、適当な人、それぞれに合った職場や社会環境ってきっとあると思う。
『相性が悪いところに、しがみつこうとしない』で、色々な環境に触れてみるのは悪いことじゃない。
家族や家庭環境の問題で"うつ"になってしまった人は、どう立ち直れというのか・・・。簡単に変えられる環境じゃないし。病気の治癒の度合いを『社会復帰』で量れる人は・・・僕も含めてまだ幸せなほうだと思う。
自殺を考えてしまった人も居るだろうけど、そこから抜け出した人が前へ一歩踏み出したときに『社会復帰』の像を夢見る。でも焦らずゆっくり行こう。一度、救った自分の命なんだから大切に行こうぜ、なぁ。
これは、僕自身へのメッセージ・・・。
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