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2004年末に「うつ病」の診断書が出て、翌年3月に職場を退職…人生の歯車が狂って急転直下の転落人生から「再生の道」を探す日々の記録です。 病気の回復はゆっくりですが、焦らずに、めざすは「社会復帰」です!
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うつ病と診断され、通院が始まってからずーっと釈然としないでいる。

うつ病って何なのさ!?ってこと。

うつ病っていうのは、他の病気と違って、物性的な確証がないまま・・・つまり検査も所見もなく、問診のみで診断される。患っている自分が言うのも何だが、とても不思議な病気なのである。


今となって思い返すと、うつ病というのは、当人を含めて周囲の多くの人間が、『この人は休養が必要なんですよ』ということを納得しやすくするために、便宜上作られた病名なのではないかと思う。


2年以上も前になるけど、私は某社に10年間勤めていた。
責任職でこそなかったが、オールラウンダー(どのような種の仕事でもこなす)だった為、私にしかできない仕事や効率の観点から社内では年々、私個人に依存するような仕事の密度が高くなり、そういう意味では責任が大きかった。

私は、常に先の事を考えてから行動する超堅実派。
この頃から、『自分が居なくなったら、どうなるのだろうか?』という事を日頃考えるようになった。
上司には常に問題提起したが、柔和に避わされ続けていく一方で、私の仕事に対する責任も増え続けていく現実があった。変わらない現実の先に、明るい未来は想像できなかった。

『自分はどんなことがあっても倒れることも退くこともできない』

と強く念じて、自分を鼓舞し続けた。
しかし、さすがに疲れが出始めたのか、少し弱気になったときに 『私は、いつ休めるのだろう?』 という事をふと考えた。そのときに導かれた結論が、

『死ぬか、大きな病気でもして入院すれば、みんなが納得してくれるよな~』

という事だった。だれも納得して貰えない状況での責任放棄はできなかった。自分は自分でも判らない"自分の限界"に挑むしかなかったのだ。


今から2年半前の2004年12月。
自分でも何が起きたかわからない。
いつもと同じ朝を迎えたはずが、身体がビクとも動かない。動こうとしなくなった。

翌月、2005年1月。うつ病との診断が出る。
同年3月に病気退職。

私は、やっと、自分も周りも『病気なら仕方が無い』という納得を得られる環境で、休養の時間を手に入れることができたんだ。
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